訴因減額について説明しています。

身体的事情や心因的事情を理由とする賠償金の減額

素因とは

 素因とは、人がもともと兼ね備えている心理的要因(精神的傾向)及び身体的要因(既往の疾患や身体的特徴)を言います。

心理的要因

 うつ傾向にある、生来精神的脆弱であるなど

身体的要因

 首が長い、骨がもろいなど

 

 交通事故が発生した場合、素因が事故と相まって損害を拡大させてしまう場合があります。

 

 例えば、うつ傾向にある人は治療期間が長期化する傾向にあるといわれていますし、首が長い人は首が短い人よりむち打ちの程度が重くなる傾向にあります。 

 

 

 

 

素因減額とは

 素因が原因となって損害が拡大した場合に、拡大した損害のすべてを加害者に賠償させるのは不公平であるとの価値判断が働く場合があります。

 

 そこで、素因が原因となって損害が拡大した場合には、損害のうち素因を原因となって発生した分を被害者にも負担してもらおうとの発想が生まれるのです。

 

 損害の公平な分担の観点から、素因を理由として損害賠償額を減額することを素因減額といいます。

素因減額に関する最高裁判例

最高裁昭和63年4月21日判決(心理的要因に関する判例)

 「身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害が加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつ、その損害の拡大について被害者の心理的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の事情を斟酌することができる」
(中略)
 「上告人は本件事故により頭頸部軟部組織に損傷を生じ外傷性頭頸部症候群の症状を発するに至つたが、これにとどまらず、上告人の特異な性格、初診医の安静加療約五〇日という常識はずれの診断に対する過剰な反応本件事故前の受傷及び損害賠償請求の経験加害者の態度に対する不満等の心理的な要因によつて外傷性神経症を引き起こし、更に長期の療養生活によりその症状が固定化したものと認めるのが相当であり、この上告人の症状のうち頭頸部軟部組織の受傷による外傷性頭頸部症候群の症状が被上告人Aの惹起した本件事故と因果関係があることは当然であるが、その後の神経症に基づく症状についても右受傷を契機として発現したもので、その症状の態様からみて、東病院退院後自宅療養を開始したのち約三か月を経過した日、すなわち事故後三年を経過した昭和四七年三月二〇日までに、右各症状に起因して生じた損害については、本件事故との間に相当因果関係があるものというべきであるが、その後生じた分については、本件事故との間に相当因果関係があるものとはいえない。また、右事実関係のもとにおいては、上告人の訴えている右症状のうちには上告人の特異な性格に起因する症状も多く、初診医の診断についても上告人の言動に誘発された一面があり、更に上告人の回復への自発的意欲の欠如等があいまつて、適切さを欠く治療を継続させた結果、症状の悪化とその固定化を招いたと考えられ、このような事情のもとでは、本件事故による受傷及びそれに起因して三年間にわたつて上告人に生じた損害を全部被上告人らに負担させることは公平の理念に照らし相当ではない。すなわち、右損害は本件事故のみによつて通常発生する程度、範囲を超えているものということができ、かつ、その損害の拡大について上告人の心因的要因が寄与していることが明らかであるから、本件の損害賠償の額を定めるに当たつては、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した上告人の右事情を斟酌することができるものというべきである。」

最高裁平成12年3月24日判決(心理的要因に関する判例)

 「企業等に雇用される労働者の性格が多様のものであることはいうまでもないところ、ある業務に従事する特定の労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、そのような事態は使用者として予想すべきものということができる。」
(中略)
 「労働者の性格が前記の範囲を外れるものでない場合には、裁判所は、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因としてしんしゃくすることはできないというべきである。」

 

 なお、本件は交通事故事案ではなく、労務災害事案であるが、判例の判断の枠組みは交通事故事案についても適用されるものと考えられます。

最高裁平成8年10月29日判決(身体的要因に関する判例)

 「被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり勘酌することはできないと解すべきである。けだし、人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである。」

 

 

弁護士窪川亮輔

関連ページ

事故直後の約束は過失割合に影響しない
過失相殺の本質論に触れつつ、事故直後の当事者間の約束は通常過失割合に影響を与えないことを説明しています。
過失割合が争点となった場合の解決方法
過失割合が争点となる理由を説明したうえで、どのようにして争点の解決を図っていくのかを説明します。
事故が起こったら基本的過失割合の把握に努める
交通事故が起こった場合、基本的な過失割合の把握が重要であることや基本的な過失割合の把握の方法を説明しています。

ホーム RSS購読 サイトマップ